ミニマリストという考え方との出会い
「ミニマリスト」という言葉を知ったのは、今から5年ほど前のこと。
ときめく片付けのこんまりさんや、『わたしのウチには、なんにもない。』のゆるりまいさんの本を読み漁り、YouTubeではミニマリスト系の本要約や動画を繰り返し見ていた。
その中で強く印象に残った考え方がある。
お金持ちは洗練されたものだけを持ち、
お金のない人ほど、いらないものを買い集めている。
この言葉に、妙に納得してしまった。
実家を思い出すと、まさにその通りだった。
ものが多すぎて、母はいつも片付けをしている。
服も食器も「そんなに必要?」と思うほどあるのに、永遠に片付かない。
祖父母や子どもたちと同居していた頃と、今とでは、必要なものの量は明らかに違う。
それでも思い出が先に立って、捨てられない。
介入したくなる気持ちをぐっと抑えて、
まずは自分から、と思うようになった。
自分が整え始めれば、それはきっと家族にも、実家にも伝わっていくはずだから。
推し活を始めて、ミニマルへの気持ちは一気に加速した
そんな中、2年ほど前に始めた推し活が、私のミニマル志向を一気に加速させた。
推し活は、とにかく物が増える。
缶バッジ、CD、ぬいぐるみ、アクリルスタンド、アクリルキーホルダー。
自分で買う分には、まだいい。
問題は、推し活仲間からいただくグッズ。
私の最推しのグッズが、善意100%で贈られてくる。
欲しかったら自分で買ってる。
でも、そんなことは言えない。
最推しのグッズが行き場を失うくらいなら……と、ありがたく受け取る。
でも、本音を言えば
本当に欲しかったら、自分で買ってるのよ(2回目)。
そうして、意図せず増えていくグッズたち。
箱や棚にしまい込まれ、活用されないままの姿を見て、
これはよくないと心から思った。
推し活グッズも「厳選する」という選択
活用されずに眠っているグッズが、なんだか気の毒だった。
だったら
- きちんと活用できる人の元へ行ってほしい
- 自分の手元に置くなら、ちゃんと使いたい
そう思って、推し活グッズの整理に着手した。
今も進行形。
「推し=全部持つ」じゃなくていい。
「推し=大切にする」ために、厳選する。
この考え方は、今の私にとってしっくりきている。
ミニマルな暮らしは、時間と心の余裕をくれる
日常生活でも、ミニマルである方が圧倒的に生きやすいと感じている。
- 探し物をする時間
- 何を着るか、何を持っていくか悩む時間
これらから解放されるだけで、自由な時間が増える。
お金持ちは、この余裕を使って
新しい事業をしたり、家族と過ごしたりする。
だから気持ちにも余裕があるんだろうな、と思った。
私も、そうなりたい。
キッチン、自室、身の回り。
「これは私のやるべきことだ」と思って、ミニマル化に取り組んでいる。
「モノよりコト」で生きていきたい
「モノよりコト」。
今持っているすべての物を抱えて、死ぬことはできない。
思い出を抱えて、「楽しい人生だったな」と思って終わりたい。
推し活も同じ。
グッズを集めるより、ライブに行くことを大事にしている。
顔出ししていないグループだからこそ、ライブは特別だ。
彼らが活動してくれているうちに、たくさん姿を見たい。
生活も同じ。
身軽に暮らして、夫や子どもと出かけたり、食事したり、
なんでもない日常を一緒に楽しむ時間を増やしたい。
事業でお金と時間の余裕を作りながら、
そんな人生を実現していきたい。
今はまだ途中。
試行錯誤しながら、
自分にとって心地いい暮らしと人生を目指している。


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