ミニマル=推し活をやめる、ではなかった
SNSを見ていると、着飾った若い女の子が大量のグッズを並べてお洒落な空間で撮った写真や、大きなサイズの痛バッグに同柄の缶バッジを100個近く敷き詰めている様子がよく流れてくる。
しかもバッグが2つ、3つあったりする。
いつの間にか
「グッズの数=推しへの愛」
という価値観が当たり前のように広がっている気がする。
今の若者は、スマホが常に手元にある時代を生きている。
見たくもない他人の生活や推し活が、簡単に目に入ってくる。
比べる機会が増えれば、
「自分は弱いオタクなんじゃないか」
「もっと持たなきゃ、強オタにならなきゃ」
そんな気持ちになるのも無理はない。
でも、本当にそれが愛の表現だろうか。
数が少なくても推しは推し。
愛の大きさは、誰かと比べるものじゃない。
だから私は、推しのグッズを整理すること、減らすことは、
愛がなくなることでも、
推し活をやめることでもない、
そう考えるようになった。
推し活でモノが増える現実
推し活を始めてから、コンビニなどとのコラボ商品が頻繁に発売されていることに気づいた。
オンラインショップやアニメイトだけでなく、公式グッズを身近な場所で買えるのが嬉しくて、少しずつ手を出し始めた。
ライブに参戦するなら、やっぱり痛バッグを作りたい。
とはいえ、年齢は30代後半。
10代の若者のような大きくてフリフリの派手なものは避けたい。
缶バッジは6個か8個、同柄で揃えて大人っぽく——そう考えた。
でも缶バッジはランダム。
欲しい絵柄が必ず出るわけじゃない。
交換前提で20個、30個と購入し、
交換できなかったものが手元に残っていく。
次から次へと新しい柄が出る。
ライブごとに最新のものにしたくなり、
痛バッグ用の缶バッジは、気づけばどんどん増えていった。
それだけじゃない。
ライブや節目ごとに発売されるアクリルスタンド、アクリルキーホルダー、ぬいぐるみ、Tシャツ。
新曲が出ればCDが発売され、A・B・C版と収録曲が微妙に違う。
さらにライブ応募券や、握手会・ハイタッチ会の応募券が付くこともある。
「1枚でいい」「サブスクで十分」と思わせない、
いわゆる“積ませる”仕組みが、そこにはある。
それに関しては、もう本人の気持ちと懐次第だ。
企業側もお金がなければ活動できない。
私たちオタクが喜ぶ企画やモノを、あの手この手で提供してくる。
私は、それに乗っかることも自分なりの推し活だと思っている。
これまで数多くの芸能人やアイドルが、表舞台から姿を消したり、形を変えて活動していく現実も見てきた。
だからこそ「推しは推せるときに推す」という気持ちは、今も変わらない。
ただ、すべてを理解したうえで、
「私はどうするか」
を考えて行動したいと思うようになった。
私が決めた「残す/手放す」の基準
推しだからといって、すべてを所有することはできない。
そこで、自分なりに「手元に残す基準」を考え直した。
たとえば、
・初めて購入した公式グッズ
・絵柄が特別に好みだったものを一点だけ
・あのライブの日に実際に使ったグッズ
・家族で参戦したときに手に入れた銀テープ
こうして「思い出と紐づくもの」を中心に残すことにした。
シールやカードなどの紙ものは、
普段使っているノートや家計簿を飾るなど、
いつか活用できたらいいなと思っている。
ミニマルにしたら推し活が楽になった話
人と比べない。
必要なだけ買う、持つ。
モノよりコト。
これを意識するようになってから、
推し活仲間に会う、オフ会を開く、ライブに行く回数が増えるなど、
「体験」をより大切にするようになった。
持っていくものはこれだけ。
遠征の荷物は最小限。
必要なら宿泊先へ先に送っておく。
身軽に動けるようになったことで、
推し活そのものが、ぐっと楽になったと感じている。
これからも試行錯誤していく
とはいえ、課題がなくなったわけではない。
まだ物は多いし、ライブ準備は相変わらず直前になりがちで、
前日の夜にドタバタするのもお決まりだ。
ライブの日程が出たら、
イベントが決まったら、
早めに「やること」「用意するもの」を洗い出して段取りしたい。
このあたりは、これからの自分に期待している。
ミニマルライフも推し活も、今はまだ途中。
試行錯誤しながら、
自分にとって心地いい形を探していきたい。


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